2026年6月16日、最高裁判所第三小法廷は、外国通貨取引によって生じた為替差益に所得が生じるか否かが争われた事件で、納税者の上告を棄却しました(令和5年(行ヒ)第366号)。外国通貨取引と所得税法36条1項の「収入すべき金額」の関係について、最高裁が判断を示したのは今回が初めてです。
「外貨を日本円に戻していないのに、なぜ課税されるのか」――外貨預金やFX、海外証券への投資を行う方にとって、結論を大きく左右する重要な論点です。本記事では、判決の要点と、外貨で投資をする個人が実務上おさえておくべきポイントを整理します。
これまでの取扱い──「法令の空白」を埋めていた質疑応答事例
そもそも、外国通貨取引に係る為替差損益の課税関係については、所得税法上に明文の規定が置かれていません。そのため実務では、国税庁の質疑応答事例「保有する外国通貨を他の外国通貨に交換した場合の為替差損益の取扱い」などを拠りどころに、為替差益を所得として認識する取扱いが行われてきました。
言い換えれば、課税の根拠が法律そのものではなく、解釈・取扱いに委ねられてきたわけです。この長年の「グレーゾーン」に、最高裁が初めて正面から判断を下したのが本判決です。
事案の概要
居住者である上告人は、スイス連邦に所在する金融機関の自己名義の預金口座に合計105億円を送金し、その運用を一任していました。同金融機関は、平成26年および平成27年において、運用の一環として、外国通貨によって他の種類の外国通貨や外国通貨建ての有価証券を取得する取引を行いました。
上告人は、これらの取引からは所得は生じないとして所得税等の確定申告を行いましたが、国は、これらの取引により為替差益に係る雑所得が生じているとして更正処分等を行いました。第一審・控訴審(東京高裁・令和5年5月24日判決)でいずれも納税者が敗訴し、最高裁へ上告されていたものです。
最高裁の判断──取引時の円換算額が「収入すべき金額」
最高裁は、まず所得税法の基本的な建前を確認しました。所得税法は、所得を「外部からの経済的価値の流入」という収入の形態でとらえ、原則として収入の形態で実現した利得のみを課税対象とし、収入の原因となる権利が確定した時点で所得が実現したものとして課税所得を計算する――いわゆる権利確定主義です(最判昭和53年2月24日)。
そのうえで、所得税法は所得の把握を「本邦通貨(円)の額面価格の単位」を基準に行うことを予定している点を踏まえ、次のように判示しました。
ある外国通貨によって、①他の種類の外国通貨、または②同一の外国通貨建ての有価証券を取得する取引が行われると、円との関係で変動していたその外国通貨の経済的価値が、取引によって取得した他の外国通貨・有価証券の経済的価値をもって固定化されます。そして、その経済的価値が流入することで、もとの外国通貨の取得時の経済的価値を上回る部分が実現した利得となります。同時に、取引時に取得した他の外国通貨・有価証券に係る権利が「収入の原因となる権利」として確定します。
したがって、取引時における他の種類の外国通貨の金額または有価証券の価額の円換算額(所得税法57条の3第1項)が、所得税法36条1項にいう「収入すべき金額」となる、と結論づけました。原審(東京高裁)の判断は結論において是認できるとして、上告は棄却されています。
ここがポイント:日本円に戻していなくても、外貨を「別の外貨」や「(同じ通貨建てを含む)外貨建て有価証券」に替えた時点で、その取引時の円換算額をもとに為替差損益が実現します。米ドルで米国株を買う取引のように、一見すると為替が動いていないように見えるケースでも、いったん保有していた外貨が手放されたものとして損益を認識する点に注意が必要です。
具体例でみる課税のイメージ
| 保有していた外貨 | 1ドル=100円のときに取得した100米ドル(取得価額=10,000円) |
|---|---|
| 取得した外貨 | 1ユーロ=150円のときに、この100米ドルで80ユーロを取得(円換算額=12,000円) |
| 収入すべき金額 | 12,000円(取得したユーロの円換算額) |
為替差益=12,000円(収入すべき金額)-10,000円(米ドルの取得価額)=2,000円
| 保有していた外貨 | 1ドル=100円のときに取得した100米ドル(取得価額=10,000円) |
|---|---|
| 取得した有価証券 | 1ドル=120円のときに、この100米ドルで米国株式(100ドル分)を取得(円換算額=12,000円) |
| 収入すべき金額 | 12,000円(取得した株式の価額の円換算額) |
為替差益=12,000円(収入すべき金額)-10,000円(米ドルの取得価額)=2,000円
注目すべき補足意見──「立法による手当てを強く望む」
本判決には、裁判長による補足意見が付されており、実務家としては結論以上に注目すべき内容です。要旨は次のとおりです。
今回、他の種類の外国通貨等の円換算額を「収入すべき金額」とした解釈は、あくまで為替差損益の課税について明文の規定がなく、所得の把握も本邦通貨の額面価格の単位を基準に行うほかない現行法を前提とした解釈論にとどまる――そう位置づけたうえで、所得の把握を常に円の額面価格を基準に行うこと自体に問題がないかも含め、外貨建取引に係る所得税の課税の在り方を改めて検討すべき時期に来ている、と指摘しています。
さらに、為替差益の実現時期、外貨建取引の「収入すべき金額」、必要経費等を定める規定を設けず、これらを所得税法36条1項等の一般的な解釈適用に委ね、円換算額の計算規定(同法57条の3)を置くにとどめている現状は、租税法律主義の観点から望ましい状況とはいえず、日本の租税政策に対する国際社会からの信頼を損なう可能性も否定できないとしています。そのうえで、課税の在り方について抜本的に検討し、必要な法的手当てを講じることが強く望まれる、と結んでいます。
最高裁が解釈で結論を導きつつ、同時に「これは本来、立法で手当てすべき問題だ」と踏み込んだ点は、今後の税制改正論議に少なからず影響を与えそうです。
実務への影響──外貨で投資をする個人がおさえるべきこと
本判決は、外貨を用いた資産運用を行う個人にとって、次の点を再確認させるものです。
1. 円に戻さなくても課税のタイミングが来る。外貨を別の外貨に交換した時点、外貨で(同一通貨建てを含む)有価証券を取得した時点が、それぞれ為替差損益の実現時期となり得ます。「最終的に円転していないから関係ない」という理解は誤りです。
2. 為替差益は原則として雑所得(総合課税)。事業との関連性などがない個人の為替差益は、一般に雑所得として総合課税の対象となります。給与所得者であっても、一定額を超える場合には確定申告が必要になります。
3. 取得価額・為替レートの記録が重要。取引のたびに「取得時の円換算額」と「もとの外貨の取得価額」を把握しておかなければ、正確な損益計算ができません。外貨間の付け替えが多い口座ほど、記帳・管理の負担が大きくなります。
※AIを駆使して管理したいところ。
4. 今後の立法動向に注視。補足意見が立法を強く促していることから、将来的に実現時期や収入すべき金額、必要経費に関するルールが整備・変更される可能性があります。動向を継続的に確認したいところです。
本記事は判決内容の一般的な解説であり、個別の課税関係は取引内容や事実関係によって異なります。実際の申告・判断にあたっては、専門家にご相談ください。
まとめ
今回の最高裁判決は、明文規定のなかった外国通貨取引の為替差益課税について、初めて最高裁としての解釈を示した点で大きな意義があります。実務的な結論は従来の取扱いを是認するものですが、同時に付された補足意見は、現行法の不備と立法の必要性を率直に指摘しました。外貨建ての資産運用が一般化するなか、課税ルールがどう整備されていくか、引き続き注目していきたいテーマです。
