公認会計士試験制度のバランス調整とは?賛否両論と今後の課題

公認会計士試験(公認会計士・監査審査会)

※この記事は2025年9月時点の内容です。最新の制度につきましては、各自の責任で公式HP(公認会計士・監査審査会など)をご確認下さい。

公認会計士試験制度の見直し、いわゆる「バランス調整」が議論を呼んでいます。

受験生にとっては試験の合否を左右する大きな変更であり、業界全体にとっても将来の会計士像を形づくる重要な制度改正です。

短答式試験の配点や問題数の見直し、論文式試験の基準引き上げなど、試験の在り方を根本から揺さぶる今回の動きには、賛成の声もあれば強い懸念の声もあります。

私個人も、公認会計士試験を受験していた頃に、試験制度の変化への対応に動揺したことがあります。

私が受験していた頃は受験者数の分母に対しての合格率が滅茶苦茶低く、試験問題も物量・難易度で積極的に落とす設計だった時代で、通称「最悪の世代(2010年~2013年合格者)」です。
(余談ですが、2007年~2008年合格者は「大量合格世代」や「ゴールデンエイジ」と呼ばれていました。)

その一人としては「以下の金融庁声明」のように、試験制度であまり変に受験生を引っ掻き回して欲しくないと考えています。

公認会計士試験については、公認会計士・監査審査会において運用され、平成23年の合格者数は1千5百人程度であったところであるが、合格者等の活動領域の拡大が依然として進んでいないこと、監査法人による採用が低迷していることに鑑み、平成24年以降の合格者数については、なお一層抑制的に運用されることが望ましいものと考える。

引用:金融庁「平成24年以降の合格者数のあり方について

とはいえ、将来の公認会計士業界を考えると、その入り口となる試験制度は非常に重要なものであり、時代に併せて変化する必要もあると思います。

本記事では、公認会計士として実務に携わる立場から、制度見直しの背景と賛否両論を整理した上で、今後注視すべき課題について考察していきます。

執筆者情報

目次

はじめに:なぜ今回このテーマを書こうと思ったか

最近、『会計監査ジャーナル』10月号の記事「公認会計士試験のバランス調整の概要について」を拝読しました。

その記事では、社会環境の変化や受験者数の推移を背景として、公認会計士試験制度の「見直し(バランス調整)」案の意図やその骨格が紹介されていました。

私自身、公認会計士として、また広く後輩である受験生支援にも関わる立場として、このような試験制度の根幹に関わる変更は、受験生・将来の会計士・監査実務界すべてに影響を及ぼすものだと考え、改めて整理してみました。

以下では、まず制度見直しの背景と具体的変更案を整理したうえで、賛成・反対の観点を列挙し、最後に個人の感想をまとめます。

受験生の皆さんには、変化を前に冷静に制度の本質を理解し、対策を立てるきっかけになればと思います。

公認会計士試験見直し(バランス調整)の「現状と案」整理

まず、見直し案(いわゆる「バランス調整」)がどういう背景・変更内容をもつものかを、整理しておきます。

背景

金融庁・公認会計士・監査審査会は、以下のような理由を挙げて、試験制度の見直し(バランス調整)を打ち出しています。
(参考:公認会計士・監査審査会「公認会計士試験のバランス調整について」)

  • 受験者数の増加、競争激化
    近年、公認会計士試験への挑戦者が再び増加し、短答式試験の合格率が低下するなど、過渡期的な歪みが生じているとの指摘。
  • 短答式と論文式とのバランスの崩れ
    本来、短答式は基礎知識・広い知見を確認する役割、論文式は思考力・論述力を問うステップという構造だが、現行制度では短答式での落ち幅が大きく、不合格者が多数出る一方、論文式通過者の割合が相対的に高まるなど、選抜バランスに歪みが出ているとの見方。
  • 会計・監査実務環境の変化
    ITの高度化、サステナビリティ開示・保証、デジタル会計、ESGリスク対応など、会計士に求められる知識・技能が拡大しており、試験内容・出題範囲もこれを反映させる必要があるという論点。
  • 学習負荷・公平性・採点実務の配慮
    たとえば、短答式の一問あたり配点が高いため、1問ミスが合否を大きく左右する構造になっており、安定性を欠くとの批判。これを改善すべく、問題数を増やして配点を引き下げる、試験時間の見直しを行う検討。
  • 将来性・適正合格者確保
    合格者をある程度制御しながら、実務に耐えうる高い資質を持つ人材を選抜したいという意図。

こうした背景認識を受けて、変更案(あるいは見直し方針)が打ち出されています。

主な変更案(見直し案)

「バランス調整」案として、公表されている主な変更内容は以下の通りです。
(参考:公認会計士・監査審査会「公認会計士試験のバランス調整について」)

項目現行制度/特徴見直し案の方向性・変更点
短答式試験:1問あたり配点・問題数・試験時間財務会計論・管理会計論など計算問題科目では、1問あたり配点が高い(例:8点など)設計で、問題数も相対的に少なめ計算科目で問題数を増やし、1問あたり配点を引き下げ → 試験時間を適切に調整
短答式の時間割(科目ごとの試験時間)現行の時間割・時間配分令和8年(2026年)第Ⅰ回短答式から時間割を変更(例:企業法、管理会計論、監査論、財務会計論で科目時間を変更)
論文式試験:合格基準・合格率現行は得点比率(たとえば52%を目安)を基に「相当と認める水準」基準を設ける方式基準得点率を段階的に引き上げ(たとえば54%程度まで)する方向、科目別評価方式の見直し、合格率抑制を図る可能性
一部科目合格・科目免除制度科目免除・一部合格が認められている合格者数拡大を見据えつつ、科目免除や一部合格判定方式の見直しを検討(たとえば、平均得点基準から、各科目で上位得点者水準を基準とする方式への転換案)
公認会計士試験全体の枠組み(試験回数・段階構造)現行制度は短答式2回・論文式1回の方式で実施抜本的制度改革案として、試験回数・段階構造の見直し(ただし、今回のバランス調整案では、短答式・論文式の2段構成は維持する方向とされている)

また、受験案内にも具体的な変更点が記載されており、以下のような注意点があります。
(参考:金融庁「令和8年公認会計士試験(第Ⅰ回短答式試験)に係る受験案内の見直しのポイント」)

  • 試験当日の本人確認書類の要件強化
  • 答案の可読性(汚い文字・薄い文字・詰め込み記述など)の抑制(明瞭な記載を求める)
  • 不正受験防止の観点から、耳栓・マスクなどの使用確認にも言及

これら変更案は、段階的導入を前提とし、短答式の見直しは令和8年度第Ⅰ回試験から適用、論文式側の基準引き上げや免除方式の転換はさらに先(令和9年以降など)を目処にする構想とされています。

要するに、全体の「敷居を調整しながらも、選抜力・判定精度を高める」ことを目指す試みという性格を持つものだと思われます。

賛成・肯定的な観点:この見直しを支持・評価する理由

見直しには当然反対意見や批判もありますが、まず賛成し得る観点を整理しておきます。
(参考:公認会計士・監査審査会「公認会計士試験のバランス調整について」)

  1. 判定の安定性・信頼性を高めうる可能性
     現状、短答式で1問ミスが致命的になる構造が散見される、という批判があります。計算問題の1問あたり配点が高く、問題数が少ない設計ゆえに、多少の「運」要素が入り込みやすいという指摘です。
     問題数を増やし、1問あたり配点を抑えることで、個別の誤答リスクを分散させ、受験生の実力・知識の均衡性をより正しく反映する判定が可能になる可能性があります。
  2. 選抜バランスの是正
     短答式でかなりの受験生が排除されてしまい、論文式受験者数が抑えられる構図と、論文本試験での合格率が相対的に高めになる構図という「アンバランス」を是正したい狙いは理解できます。試験構造を揺さぶることで、最終合格者がより高いレベルで選抜されるように圧をかける改革意図は妥当です。
  3. 環境変化対応・将来性強化
     会計・監査実務の変化(IT・DX・サステナビリティ対応等)を見据えると、出題範囲・出題観点を見直す必要性は一定程度認められます。既存制度が20年近く維持されてきた中で、ある程度のアップデートは不可避という見方もできます。
     試験が実務に近い知識や考え方を問う方向にシフトすれば、合格者の実務適合性も向上する可能性があります。
  4. 受験機会拡大の意図
     短答式の通過者枠を若干緩和するような設計(受験者層を広く取り込み、挑戦機会を増やす意図)も見られ、その点は受験機会・モチベーション維持という意味で支持できる面があります。
  5. 制度改変を先行し、軌道修正余地を残す構え
     改革案は一挙全面改変というより、段階導入・試行導入というスタンスをとっており、改善余地を残している点も、慎重派には安心材料になります。

反対・懸念あるいは批判的視点:慎重になるべき点・リスク

しかし、見直し案にはいくつもの懸念や疑問もあります。特に受験生・現場実務者の視点から「実際に困る/見落とされがちなリスク」がいくつも浮かびます。
(参考:公認会計士・監査審査会「公認会計士試験のバランス調整について」)

  1. 難易度上昇・合格ハードルの不透明性
     基準得点率を引き上げる方向、科目別評価を厳格化する方向は、「全体的に難しくなる」印象を受験生に与えやすいです。合格可能性・対策戦略を立てづらくなる恐れがあります。
     とくに、既に受験生にとっては心理的負荷が高まっている中、さらなるハードルの上昇には反発も予想されます。
  2. 学習量負荷の増大・効率低下
     問題数を増やすことや試験時間の延長・調整は、受験生の学習設計や負荷管理にとって大きな変化になります。特に働きながら受験する人、大学併用の受験生などは影響を受けやすいでしょう。
     さらに、出題範囲を拡張して新分野(DX・サステナビリティ等)を取り入れると、従来範囲に加えて新分野の学習も必要になり、「範囲拡張 × 難化」の圧は無視できません。
  3. 不透明な採点・基準運用リスク
     「各科目で上位15%の得点水準を基準とする方式」など、絶対評価より相対評価的な性格を強める方式を検討する案もあります。
     この方式を導入すると、受験生が科目別の得点競争にさらされ、科目間の難度差・出題バラツキの影響を受けやすくなる恐れがあります。特定年度・特定科目で出題変動が大きい年に不利になる可能性もあります。
  4. 公平性・地域格差・予備校格差の拡大懸念
     出題形式・判定基準の変更は、情報の早期入手力、予備校運営力、教材対応力を持つ受験生・スクールが有利になる可能性があります。地方や情報リソースの乏しい受験生は不利を被る構図となるリスクもあります。
  5. 過渡期混乱・移行措置の曖昧さ
     段階導入・試行導入という姿勢であるとはいえ、受験生の準備スケジュール・戦略設計を左右する移行期には混乱が生じる可能性が高いです。制度変更の告知タイミング、受験生用ガイドライン整備、予備校教材改編タイミングなどが整合しないと、受験生が戸惑う事態にもなりえます。
  6. 本質的な選抜倫理との乖離の懸念
     制度を「選抜過程のバランス調整」的な観点で変えることは、ある意味で制度設計者の意図が結果を左右しうるという構図を強めかねません。すなわち、「受験生をある水準にコントロールしていく」ような色合いが強まると、「試験の中立性・公平性」が損なわれるという批判の声も考えられます。
  7. 実務適合性・応用力重視の逆行リスク
     もし試験が「問題数増・配点抑制」という方向に傾き、回答の時間圧が強まると、受験生が「丁寧な論述・深い考察」よりも「速く多数の設問を捌く力」を重視する学習スタイルに誘導される可能性があります。それは、本来求められる応用力・思考力を抑えてしまうリスクです。

筆者の視点:制度見直しで特に疑問に思う点・今後注視すべき論点

上記の賛成・反対視点をふまえて、筆者が特に気になる論点・疑問点を列挙しておきます。

1. 科目別格差・科目構成のバランス調整は十分か?

今回の見直し案では、「計算科目(財務会計論・管理会計論など)」の1問あたり配点を引き下げ、問題数を増やす案が核心の一つですが、これだけで科目間格差を是正できるかは疑問です。

例えば、理論科目(監査論・企業法など)は現行方式で問題数を変えず時間調整を行うという案が示されています。

しかし、理論科目と計算科目との学習手法・出題構造が異なる以上、単純に配点・問題数だけを調整するだけでは科目間の「学びやすさ・得点化可能性」の格差を解消するには不十分かもしれません。

例えば、理論科目の記述量・論点密度が高くなると、記述力・読解力差が顕著に影響する可能性があるからです。

また、将来的には「財務会計・管理会計・監査・法務などを横断的に問う出題形式」へ変える可能性も出てくるでしょうが、その方向性が見えにくいのはやや不安です。

2. 相対評価中心化の危うさ

科目別合格判断において「上位●●%」や「上位得点水準」を基準とする方向へ傾く案が紹介されています。

この方式採用は、一定受験者数・母集団の質・分布に大きく影響を受けやすくなります。

特定年度・特定科目で平均点が急に下がるようなケースでは、受験生が大きな不利を被る可能性があります。

また、相対評価方式が強くなると、受験生間の競争が過度に激化し、「科目別ボーダー争い」が中心になるリスクも危惧されます。

公平性を保つには、出題の安定性・難易度の揺らぎ抑制が求められますが、それを実現する運営能力が問われると思います。

3. 移行期間の調整・過渡期受験生の救済措置

見直しは段階的実施ということですが、移行期の受験生(例えば、見直し前スケジュールで準備を進めていた人たち)に対する「不意打ち」にならないような猶予措置がどこまで設けられるかが非常に重要です。

公表資料・案段階ではそういった救済策について明確情報は十分ではなく、今後の制度運用や受験案内で注意すべき点です。

4. 出題範囲の拡張と教材対応の遅延リスク

制度見直しの背景には、会計・監査実務環境変化を反映する出題の「質的拡張」が意図されています。

例えば、DX領域・サステナビリティ関連・情報保証・リスク管理等の論点を取り入れる可能性が議論されています。

しかし、受験生側・予備校・教材開発側がこの変化スピードに十分追随できるかは懸念です。

新論点の解説書・過去問類似例・模試対応が遅れると、一時的に情報格差が拡大し、対応力に乖離が出る可能性があります。

5. 試験運営・採点体制のキャパシティ対応

受験者数が増加する見込みという前提のもとで、判定精度・採点体制を維持・拡充する運営能力が問われます。

特に論文式部分での採点負荷、答案の読解性・可読性の制約、デジタル採点などが議論されるでしょう。

制度変更後、採点遅延・ミス発生など運用トラブルが起きないか、予備校や受験生からのクレーム・不透明性問題は実際に発生しうるリスクです。

6. 合格者水準・実務能力との整合性

制度を選抜バランス調整中心に見直すと、一定の「合格抑制・選別強化」の色合いが濃くなります。

その際に、合格者の実務適合性・即戦力性をどこまで維持できるかが鍵です。

難易度を上げるだけでなく、応用力・思考力を問う設問設計、実務関連性の高い論点導入などをどれだけ盛り込めるかが、制度改正の本質的成功指標になるでしょう。

受験生への示唆・対策視点

このような制度見直し動向を念頭に置いたうえで、受験生の皆さんに向けた実践的な示唆も述べておきます。

  1. 制度変更案をウォッチし、最新版情報を常に確認する
     見直し案は段階的かつ漸進的導入であるため、まずは公認会計士・監査審査会の公式発表、予備校アナウンス、受験案内などを逐次チェックすることが第一歩です。
  2. 過去問・模試演習を「量 + 思考重視型」にシフト
     問題数が増える可能性を見越し、時間管理能力を鍛える演習、論述・応用思考型問題にも積極的に取り組むべきです。「速さ」「精度」「考察力」の三角バランスを意識した学習設計が重要になるでしょう。
  3. 科目別バランスを見ながら弱点補強を徹底
     制度見直し後は、科目間の苦手分野が足を引っ張る可能性がより高くなるため、早めに苦手科目(理論・監査論など)を克服しておくと安心材料になります。
  4. 情報格差への備え:教材・スクール比較に敏感であれ
     予備校教材の改訂対応・模試対応に差が出やすいため、複数予備校の情報を比較し、最新改訂に迅速に対応できている教材・講座を選ぶ心構えを持つことが大切です。
     基本的には、CPA会計学院 | 公認会計士資格スクールを選べば問題ないでしょう。
  5. 答案訓練・可読性重視訓練を怠らない
     答案の可読性・論述の構成力強化は、制度見直し後も大きな差別化要因となります。簡潔明瞭な記述力・論点整理能力を高める訓練を日常に組み込むべきです。
  6. メンタル・体調管理をさらに重視
     制度が変わる中で不安・変動に振りまわされないよう、精神的な安定・生活リズム維持もこれまで以上に重要になるでしょう。

結びに代えて

公認会計士試験制度の「バランス調整」は、受験制度の根幹に関わる改変であり、受験生・実務界双方に重大な影響を与え得るテーマです。

賛成できる意図・改善可能性も多々ある一方で、過渡期の混乱・公平性維持・実務適合性確保といった課題もあり、慎重な運営と透明性が必須です。

受験生の皆さんには、制度変更に振り回されることなく、基本力・論点理解・答案訓練をしっかり積むことが、どの制度下でも生き残る鍵になると確信しています。

この記事が、皆さんの制度理解と学習戦略を整理する一助となれば幸いです。

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