のれんの償却・非償却の議論が界隈で賑わっています

のれん非償却のテーマ受付表

会計のお仕事に関わった人や、起業家・社長などは、よく「のれん」の話で盛り上がることが多いです。

特に、最近(2025年6月時点)は「日本でも、のれんが非償却になる!?」というニュースが流れ、界隈ではSNSなどで活発に議論がされているほどの注目度です。

今回は、そんなのれんについて、少し触れていきたいと思います。

私があまり文字数を書く余力がないのと、文字が多くても読まない(?)だけになるので、思ったことを書きとめるレベルの記事になります。

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目次

(2025年6月時点から見た)ここ数年の「のれん」に関する議論

ここ数年ののれんに関する議論の動きは、以下のとおりです。

時期主な出来事ポイント
2023年7月経済同友会などが 「のれん規則的償却に関するアンケート」を公表し、スタートアップ M&A の足かせになっているとして非償却化を要望民間側で議論が顕在化
2024年3月金融庁所管企業の企業会計審議会総会で「日本基準でも非償却を選択適用すべきか」が公式議題になる監査・投資家サイドからは「利益操作リスク」「減損テスト負担」を懸念する声
2024年6月内閣府の「新しい資本主義実行計画2024改訂版」に「スタートアップM&A促進のためのれん非償却を検討」と明記(資料は翌25年3月のWGで再掲)政府が明確に検討方針を示す
2025年3月規制改革推進会議「スタートアップ・イノベーション促進WG」で金融庁が検討資料を提示、非償却導入の論点整理を実施減損テスト手続き簡素化など実務論も俎上に
2025年5月26日各メディアで「のれん償却を不要とする制度変更を政府が検討」と報道。関連株が急騰し市場が反応世間に一気に周知、株式市場も織り込み開始
2025年5月30日経済同友会・スタートアップ団体連名でASBJ・FASFに正式なテーマ受付表を提出。非償却とPL計上区分変更を提案企業側から公式ルートで要望書

※会計監査ジャーナル・経営財務などの情報誌を頼りに、AIも使いながらここ2~3年の動向を表にまとめました。

企業サイド、特にM&Aを成長戦略の中核とする上場企業にとって、のれんの非償却は強く望まれています。

また、IPOを目指すスタートアップの起業家(私の知人を含め)からも、「のれん非償却はありがたい」という声が多く聞かれます。
(また、独立会計士の立場としては、PPAや減損テストの仕事が増えて儲かるので嬉しい)

厳密な調査や論文に基づくものではありませんが、全体的な傾向として、経済界からはのれんの非償却は歓迎される動きであり、多くの実務家にとってポジティブな制度変更と言えるでしょう。
(特に、M&AによるExitの戦略が取りやすくなる)

私自身、監査法人に勤務していた当時、ファンドに買収された企業や、ファンド傘下でグループ再編を進める企業が、のれんを非償却にする目的でIFRSを導入するケースを多く目にしてきました。
(その影響もあり、EY時代には「IFRS認定」という社内資格を取得することになりました。)

それだけ、のれんの非償却は渇望されています。

のれんの非償却に賛成の人の意見

私の知り合いの公認会計士も、SNS、特にX(旧Twitter)でポスト(つぶやき)していることが多いです。

そのため、知り合いの身近な意見(抜粋)や、AIで集計したその他大勢の意見について分析してみたいと思います。

※出典・参照
  • 企業会計審議会・財務会計基準機構の議事録やASBJ・関係団体の資料など
  • 経済同友会・JPEAの調査結果等を参照・要約
  • その他、TwitterなどのSNSや、筆者の知り合いのインタビュー等を参考

以下、それぞれ解説します。

上場企業・スタートアップ企業側の経営的・財務的メリット

上場企業・スタートアップ企業側の経営的・財務的メリットから、のれん非償却に賛成の意見があります。

具体的には、以下のとおりです。

①営業利益・指標の改善

のれん償却費が消えるため、毎期の営業利益やROEといった業績指標の押し下げが解消されます。

特に規模の小さい成長企業では、のれん額が大きいため償却費が重くのしかかり、いわゆる「のれん負け」で利益が急減・赤字転落しやすいと指摘されています。

この点、非償却化により、このような損益の不連続性を避けられると主張されています。

②M&Aの促進

のれん償却による業績圧迫がM&A抑止要因になっているとの意見があります。

経済同友会の調査では、回答者の約7割が「のれんの規則的償却がM&A検討の障害になっている」とし、約半数が「償却負担を理由にM&Aを断念した経験がある」と答えています。

また63.8%は「償却が見直されれば自社のM&A検討が拡大する」と回答しており、非償却化による買収活性化が期待されています。

実際、買収後に償却で利益が減少すると買収価格調整要因になり得ることから「M&A時のバリュエーションで不利」との声も上がっています。

③キャッシュフロー指標との整合

日本企業の決算開示ではEBITDA(償却前営業利益)等を重視する傾向がありますが、のれん償却費を加算して評価する投資家が多いため、会計上でも償却を除外すれば財務諸表と市場分析との乖離を減らせるという考え方があります。

投資家・資本市場の情報比較

投資家・資本市場の情報比較から、のれん非償却に賛成の意見があります。

具体的には、以下のとおりです。

①国際基準との整合性

IFRS(国際会計基準)や米国基準では2000年代初頭からのれん償却を廃止しており、現在も減損テストのみの運用が維持されています。

日本基準でも非償却(または償却・非償却の選択制)にすれば、投資家は海外企業との比較で計算方法が揃い、資本市場での評価や投資判断が容易になるとされています。

投資家の分析慣行

多くのアナリストは財務分析においてのれん償却費を営業利益に戻し入れて評価しており、償却の影響を事実上排除しています。

つまり、償却費は企業実態を反映しない「非経済的」なものとみなされることが多く、その分野で会計処理を変える合理性があると主張されています。

制度的・実務的整合性

制度的・実務的整合性から、のれん非償却に賛成の意見があります。

具体的には、以下のとおりです。

減損テストの実効性

企業会計基準委員会(ASBJ)も「厳格で実用的な減損テストが整備できれば、のれんを償却しなくてもより有用な情報を提供できる」と指摘しています。

すなわち、のれんの価値低下は毎期の減損で認識し、定期償却に代わる厳密な評価手法を整えれば、会計情報の質を高められるとされています。

償却の恣意性・非経済性

のれんの耐用年数は予測困難であり、現行の「20年以内償却」というルールは恣意的との批判があります。

実際に多くの投資家が償却前の指標で評価することから、償却費は経済実態とかけ離れた費用とみなされる場合があり、この点でも非償却アプローチの合理性が指摘されています。

政策・産業育成的観点

政策・産業育成的観点から、のれん非償却に賛成の意見があります。

具体的には、以下のとおりです。

スタートアップ支援・成長促進

政府はスタートアップ育成5カ年計画(2022~2027年度)でM&A促進を掲げており、成長企業の育成には柔軟な会計運用が求められています。

スタートアップ企業は純資産に対するのれんの割合が大きく、償却費負担が重いために買収のハードルが高くなるとされています。

実際、経済同友会の調査でも「規則的償却がM&A検討の障害になっている」との回答が多数を占め、非償却化によってスタートアップの出口戦略(上場・売却)を支援するべきとの声が強まっています。

経済界の要望

経済同友会をはじめ、ベンチャーキャピタル協会やスタートアップ支援団体など多くの団体・経営者が非償却化を要望しており、2025年5月にはこれら関係者が連名でASBJに制度改正を提案しています。

また、同友会調査では回答者の93.9%がのれん規則償却の廃止(または選択制導入)に賛意を示しており、産業競争力強化と成長企業支援の観点から非償却化の検討が急務とされています。

のれんの非償却に反対の人の意見

のれんの非償却に反対の人は、主に監査法人に勤める公認会計士に多く見られます。

実際、私や私の知り合いの公認会計士の感覚としても、「監査法人時代は非償却反対。でも、独立したら賛成派になった。」という人が多数います。

具体的にどういうことなのか、表にまとめてみました。

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論点反対派の主張(概要)典型的な根拠・出典
Too little, too late問題減損モデルだけでは、のれんの価値低下が手遅れでまとめて認識される傾向がある。結果として・投資家が企業の実態悪化を早期に把握しにくい・一度に巨額の減損を計上して業績が急変動──といった情報のタイムリーさ・安定性双方の欠陥が生じるIASB EDが「減損損失はしばしば遅れて認識され、テストはコストも高い」と明記。
IOSCO報告書も「too little, too late」を最大の課題と指摘
KPMGコメントでも「手遅れ問題を悪化させる」
利益操作・経営者裁量リスク減損テストは将来キャッシュフローやWACCの見積りに大幅な裁量が入り込みやすい。償却費のような機械的費用が無くなる分、「業績平滑化」や「ビッグバス」を誘発する余地が拡大するIOSCO調査:経営者が楽観的仮定を置き「減損回避」に動く懸念を示す
減損テストのコストと監査負荷毎期のバリュエーション更新は複雑・高コスト。特に人員の限られる中小上場企業では「非償却イコール実務軽減」にならず、むしろ負担増との声IASB EDが「テストは高コストで複雑」と明示。KPMGも「年次テスト免除は実際にコスト削減につながらない」と反対
バランスシートの肥大化と将来のショック償却をやめるとのれん残高が延々と積み上がり、景気後退局面等で一気に巨額減損が顕在化するリスクが高まる。投資家保護の観点で望ましくないIOSCOによるとS&P500ののれん残高は2008年比で2倍超へ膨張。適時性欠如が損失ショックにつながると警告
監査人コミュニティの多数派意見徳賀芳弘京都大学名誉教授らの実施した「のれんの会計処理に関する調査とその分析」では、監査人の約9割が「定期償却+減損」を支持。実務経験上「超過収益力は時間とともに減価する」と考える専門家が主流620名の監査人のうち、約90%が償却モデルを選好
過年度比較・資本規制の整合性途中で償却を止めると過年度財務との連続性が崩れる。また金融機関等の規制資本計算で無形資産控除が増え、自己資本比率が悪化する点も指摘会計審議会議事録ほかで複数委員が発言

特に、私個人(監査人の視点、事業会社の視点)としては、以下の2点で考えると、のれんの非償却には反対の立場になります。

  1. 事業会社側の管理部門のコスト・監査対応コストが非常に嵩むこと
  2. 監査人側だと特別な検討を必要とするリスク(会計上の見積の検討)のため、より詳細な検討が必要であるが、昨今の監査人員の大量退職で、監査対応するリソースが足りない

理論上、のれんの非償却が正しいとしても、経理実務・開示実務を回せなければ日本の開示制度が破綻する可能性もゼロではありません。

監査法人や会社の経理部で死人がいっぱい出ることが目に見えるので、この人たちの労働環境を改善する議論の方が先じゃないかなと思います。

そんな中、有価証券報告書の早期開示も求められるなど、本当にうつ病患者や自殺者を量産する可能性があります。

投資家の人や経営者の方には申し訳ないですが、のれんの非償却にするなら、労働者(経理・監査人)に金を出せ、人を増やせとは言いたいです。

経理の立場で、どなたかがX(旧Twitter)で以下の3点をポストしていましたが、至極真っ当な意見だと思われます。
(誰かを失念してしまい、申し訳ございません)

  • すぐ減損になる買収をやめて
  • 経営サイドは慎重に投資判断して
  • 減損の責任を経理に押し付けるのはやめて

まとめ

のれんの非償却をめぐる議論は、まさに「成長促進」と「現場実務」のトレードオフです。

M&Aを成長戦略の柱とする上場企業やスタートアップ経営者からは、業績指標の安定化や買収活性化を理由に非償却化を歓迎する声が強く上がっています。

一方で、監査人や投資家の一部からは、減損の先送りや裁量的処理による利益操作リスク、実務負担の増大などを懸念する声も根強くあります。

いずれの方向に制度が進むにせよ、監査人・投資家・経営者・経理担当者など、すべての関係者にとって納得感のある、実務に即した制度となることを願っています。

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